伝聞証拠のサンプル答案 ~平成23年刑訴設問2~

[設問2]
第1 資料1・2全体について(Pの供述過程)
 本件の証拠調請求にかかる証拠は、Pが印刷したメール①②をそれぞれ添付した各捜査報告書である。これらは、Pの口頭による報告に「代えて書面を証拠」とするものであるから、原則として証拠能力がない(320条1項)。弁護人は資料1・2いずれに対しても不同意としており、326条1項による伝聞例外は認められない。もっとも、資料1・2は、Pが認識したメールの文面を印刷・添付したものであるから、五官の作用によって得た認識を書面で報告するという検証に類似するものとして、「検証の結果を記載した書面」に包含され、作成者であるP が「真正に作成」した旨を供述した場合は、321条3項の伝聞例外を満たす。

第2 資料1について
 ⒈ Bの供述過程
  ⑴ 伝聞証拠とは、公判廷外の供述(原供述)を内容とする供述または書面であって、要証事実との関係で原供述の内容の真実性が問題となる証拠をいうと解され、原則として証拠能力がない(320条1項)。なぜなら、供述証拠は、知覚・記憶・叙述の各過程に誤りが入り易く、誤判を防止するために、反対尋問などの信用性のチェックをする必要があるが、伝聞証拠の原供述部分にはこのチェックが及ばないからである。
    本件で、 資料1の立証趣旨(刑事訴訟規則189条1項)は「(ⅰ)殺人と(ⅱ)死体遺棄に関する犯罪事実の存在」である。メール①のうち、(ⅰ)と関係する原供述は、甲と乙がV女を「殺した」という部分であり、(ⅱ)と関係する原供述は、甲と乙がBに対してV女の死体を遺棄してくれと「依頼」している部分や、B自身が実際にV女の死体を「埋めた」と言っている部分である。「殺した」「埋めた」の部分は、(ⅰ)(ⅱ)という殺人罪や死体遺棄罪の実行行為があったことを直接証明するものであり、甲と乙がV女の死体を遺棄してくれと「依頼」した部分は、事前に遺棄に関する依頼があった事実を証明し、この事実から(ⅱ)を推認するものである。したがって、要証事実は「殺した」「埋めた」「依頼」の事実である。そして、いずれも原供述部分の内容が真実であるとされてはじめて(ⅰ)(ⅱ)が証明・推認されるから、原供述の内容の真実性が問題となるといえる。
    したがって、メール①は伝聞証拠にあたり、原則として証拠能力がない。そこで、メール①全体について321条1項3号の伝聞例外を検討する。
  ⑵ ア まず、本件でBは「死亡」しており、供述不能である。
    イ また、「犯罪の証明に欠くことができない」とは、その書面に記載された供述を証拠とするか否かによって事実認定に著しい差異を生じさせる可能性があるもの、をいう。
      本件で、甲と乙は、逮捕③④の後から一切の質問に対して黙秘をしている。また、Pは甲と乙の各自宅から差し押さえるべき物を発見できなかったのである。本件の検察官手持ちの証拠は、資料1・2くらいしかなく、資料1に証拠能力があるか否かで甲と乙がV女を殺害・遺棄したか、その事実認定に著しい差異を生じさせるといえる。
      したがって、この要件も満たす。
    ウ 次に、「供述が特に信用すべき状況の下にされたもの」すなわち絶対的特信状況とは、原供述当時に反対尋問などの信用性のチェックに匹敵する程度に信用できる状況があったこと、をいう。この特信状況の判断の際は、補助的に、供述の内容も考慮できると考える。
     本件で、Bは生前、自己のパソコンをAですら触らせていなこと、Aは他人がBのパソコンを使用することは絶対にないと断言していることから(このAの発言当時、既にAとBは交際を完全に解消した日の翌日であり、Aの発言の信用性は高いといえる)、B以外の者がメール①の送信者である可能性は低く、原供述はBからAにされたものであるといえる。そして、メール①の送信当時、BはAと結婚を前提に交際していたのであり、人的信頼関係があるといえるから、Bは本当のことを言える状況にあったと評価できる。さらに、メール①の内容は、Aの発言内容や、実際にV女の死体が「一本杉」付近の土中から発見されている事実と合致していることからも、BがAに対してメール①を送信した当時、Bが嘘を言う状況になかったことを推認できる。
     したがって、これらを総合すると、信用性のチェックに匹敵する状況的保障があるといえるから、絶対的特信状況があるといえる。
    エ よって、メール①は、321条1項3号の伝聞例外の要件を満たす。
  ⑶ 以上より、資料1におけるメール①のうち、V女の死体を「埋めた」というB自身の原供述部分には、証拠能力がある。
 ⒉ 甲と乙の供述過程
  ⑴ 第一に、死体遺棄(ⅱ)については、前述のように、要証事実は「依頼」の事実であり、甲と乙がBに対してV女の死体遺棄を「依頼」した原供述の真偽が問題となるから、伝聞証拠である。
    もっとも、伝聞証拠であっても、精神供述の場合は、知覚・記憶・叙述の供述過程のうち知覚と記憶に誤りが入ることはなく、叙述の部分は当該原供述を直接知覚・記憶した者へのチェックを通せば足りるから、伝聞法則の適用がないと解する(伝聞適用外)。
    本件で、甲と乙がBに対してV女の死体遺棄を「依頼」している原供述部分は、原供述当時、甲と乙がこれからV女の死体を遺棄するつもりでいたという内心でいたことを推認させるものであるから、精神供述にあたる。なお、原供述の叙述の部分は、Bに対して信用性のチェックをすることで足りるところ、前述のように、B自身の原供述は絶対的特信状況のもとでされているから、チェックは及んでいる。
    したがって、「依頼」にかかる原供述部分に伝聞法則の適用はない。
    よって、資料1におけるメール①のうち、V女の死体遺棄を「依頼」したという甲と乙の原供述部分には、証拠能力がある。
  ⑵ 第二に、殺人(ⅰ)についても、前述のように、要証事実はV女を「殺した」事実であり、甲と乙のV女を「殺した」という原供述部分の真偽が問題となるから、伝聞証拠である。
    本件では、Bの供述過程については伝聞例外の要件が満たされており、Bの原供述は「公判期日における供述に代えて書面を証拠」とすることが認められる(320条1項)。このBのメール①には、甲と乙の原供述が含まれていることから「公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠」(同条項)とするものである。
    したがって、この甲と乙の原供述部分には、原則として証拠能力がない。もっとも、複数の伝聞過程が問題となる場合でも、それぞれの伝聞過程につき伝聞例外の要件を満たす限り、証拠能力が認められると解する。
   ア まず、甲の原供述を甲自身に、乙の原供述を乙自身に、それぞれ用いる場合は、324条1項が準用する322条の伝聞例外の問題となる。
     本件で、「殺した」旨の原供述は、甲乙にとって「不利益な事実を承認するもの」である。
     また、この原供述は、Bに向けてされたものであるところ、甲乙Bは友人同士であることから、原供述が「任意にされたものでない疑いがある」とはいえない。
     したがって、この場合、メール①のうち、V女を「殺した」旨の甲と乙原供述部分には証拠能力がある。
   イ 次に、甲の原供述を乙との関係で、乙の原供述を甲との関係で、それぞれ用いる場合は、324条2項が準用する321条1項3号の伝聞例外の問題となる。
     321条1項3号の供述不能事由は例示列挙であり、これらに匹敵する事由により「供述することができず」といえるときはかかる要件を満たすと解される。
     もっとも、本件で供述不能事由として考えられるものは、甲乙の一方が他方に対して反対質問を何度も試したが、頑なに黙秘を貫き実効性がないといった場合に限定されるといえる。
     したがって、そうでない限り、この場合、メール①のうち、V女を「殺した」旨の甲と乙の原供述部分には証拠能力がない。

第3 資料2について
 資料2の立証趣旨は「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」である。資料2のメール②−1・メール②−2は、原供述である。そして、検察官としては、資料2のメール②−1・メール②−2により、B甲間でV女遺棄に関する報酬のやりとりがあったことを立証することで、この事実から甲がV女の死体遺棄に関与していたことを推認させる意図があると考えられる。
 したがって、要証事実は、「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」である。そして、甲がV女の死体遺棄に関与していたことを経験則上推認することは、実際に100万円の報酬約束があったか否かが問題となるのではなく、そのようなB甲間でメールのやりとりがあったこと、その存在自体から推認することができる。
 よって、要証事実との関係で原供述の内容の真実性が問題とならないから、資料2は伝聞証拠にあたらない。資料2には証拠能力がある。

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