【連載】教養としての法律学 ~民事訴訟法~

第1 民事訴訟とは

1 紛争解決の最終手段

 前回の「民法」の最後に、民法は実体法であり、実体法には「法律要件→法律効果」が書いているのに対し、『民事訴訟法』は手続法であり、手続法には“個々のケースで法律要件が満たすのか”、あるいは“法律効果が発動するのか”といった争いが生じた場合における解決の流れである「→」の部分、すなわち民事訴訟(裁判)など紛争解決手段の流れを定めるルールである旨の話をしました。

 今回は手続法の代表例である民事訴訟法の話をします。

 前提として、紛争が生じた場合でも、まずは当事者間で話合い・交渉による解決が図られるのが通常です。なぜなら、裁判には時間とお金のコストや、精神的負担がかかるので、できる限り早期に紛争を解決することを希望する人が多いからです。
しかし、話合い・交渉で合意に至らず、紛争が解決できなかった場合でも紛争を解決する必要があります。それが、民事訴訟です。民事訴訟は、数ある紛争解決手段のうち、話合い・交渉で解決できないものを解決する最終手段と位置づけられます。

 民事訴訟では、双方の「主張」と「証拠」を踏まえ、最後に、裁判官が「判決」という一方的な判断を出すという形で紛争が解決されます。
そして、判決が確定すると、その判決の内容を強制的に実現することも可能になります(強制執行)。これが、「法律一般その1」でお話した、法律には強制力があるという意味です。

2 裁判官はどのように権利義務の有無を見極めるのか?

 「法律一般その2」で、権利や義務を目で視て確認することはできないという話をしました。当然ですが、裁判官も、権利義務を目で視ることはできません。
それでは、どのように裁判官は権利義務について判断をし、判決を出すのでしょうか。法律一般その1・その2に目を通してくださった方は分かるかと法律(実体法)の仕組みにヒントがあります。

 法律(実体法)は、権利義務の存在を確認するために、「法律要件」という『事実』の有無というフィルターを通して、法律効果が発動するかどうかを分析する道具です。裁判官も、法律(実体法)の法律要件の有無を確認して判決を出します。
民事訴訟法は、法律要件という事実の有無を確認し、判決という形で結論を示すための流れのルールを決めたものなのです。

3 民事訴訟の流れ(総論)

〔事案〕
Xは、Yに100万円を貸したが、返してもらえないとして、裁判所に訴えを起こした。

 以下、上記事案を例に、民事訴訟の流れをざっくりと見ていきましょう。

 地方裁判所に訴えを起こしてから判決が出るまでの平均期間は8.8か月です(平成27年度((最高裁判所事務総局編「裁判所データブック2016」71ページより))。概要、以下の流れで進んでいきます。
Xが訴状を提出すると、裁判所は、訴状の形式的な不備等をチェックして、問題がなければYへ訴状を郵送します(訴状に問題がある場合は訂正の指示をします)。このチェックが済んでから約1か月から1.5か月後に1回目の裁判が行われます。2回目以降の裁判の日も、約1か月から1.5か月後に1回の頻度で指定されます。

 詳しくは後述しますが、裁判の日ごとに、主張が整理されていきます。先にお話したとおり、民事裁判は「法律要件の有無」を確認して法律効果が発動するかを確認し、判決を出すという手続なので、整理される主張の対象は「法律要件の有無」になります。
たとえば、上記事案で、XのYに対する100万円の請求権(貸金返還請求権)が発生するための法律要件は、①XのYに対する100万円の交付と、②YがXに対して①の100万円を返すと約束したこと、になります(民法587条参照)。

 そして、主張が整理されていくと、当事者双方に争いがない法律要件と争いのある法律要件が絞られていき、どこに争いがあるのかについて、当事者双方と裁判所の認識が共有されていきます。
たとえば、上記事案で、Yが「100万円を受け取っていない」と反論した場合、争いのある法律要件は、①の「XのYに対する100万円の交付」という事実の有無になります。
ほかにも、Yが「100万円は受け取ったが、返すと約束はしていない。100万円は貰ったものだ。」と言った場合、争いのある法律要件は、②の「YがXに対して①の100万円を返すと約束した」かどうかという事実の有無になります。

 このように、個々のケースによって、争いのある法律要件も様々です。
そのため、当事者は、個々のケースごとに、争いのある法律要件についての証拠を重点的に提出します。また、裁判官も、裁判の回数ごとに、争いのある法律要件の有無の判断の結論の見通しが固まってきます。
そして当事者双方が主張と証拠を出し切ったと裁判官が思った段階で、審理を打ち切って、最後の裁判の日に、判決を言い渡すのです。

第2 民事訴訟の流れ(各論)

〔事例〕
Xは、Yに100万円を貸したが、返してもらえないとして、裁判所に訴えを起こした。Yは、借りた事実は間違いないが、すでに100万円を返していると主張した。

1 主張と証拠の整理

⑴ 主張の整理
上記のとおり、貸金返還請求が「発生」する要件事実は、①金銭の交付と、②金銭を返すと約束したこと、です。上記事例で、Yは、①②事実をいずれも認めています。そうすると、XのYに対する貸金返還請求権は、「発生」したといえそうです。
もっとも、Yは、「すでに100万円を返している」と主張しています。これは、弁済なので、100万円を返した事実があれば、XのYに対する貸金返還請求権は「消滅」します(民法492条、民法493条参照)。
そこで、Xは、このYの主張に対して再反論をする必要があります。上記事例のとおっり、Xは「返してもらえない」と訴えているため、当然、弁済の事実はないと主張するはずです。

⑵ 争いのない法律要件と自白
民事訴訟では、ある法律要件に当たる事実について当事者双方に争いがないことを「自白」といい、自白が成立した事実について、証拠は不要になります(民事訴訟法179条。この点は刑事訴訟と異なります。)。
民事訴訟は、争いのある法律要件に関する証拠が中心的に提出される仕組みになっているのです。

⑶ 証拠の整理
上記事例で、弁済の証拠となる典型例は領収証です。もっとも、領収証があるくらいであれば紛争にならないことが通常で、こういった典型的な証拠がないことが多いです。
そこで、当事者は、弁済がされたことを基礎づける事実を色々と主張し、それを支える証拠を提出してきます。
たとえば、❶Yは、弁済した日の前日に銀行から100万円を借りた事実、❷その翌日に預金から100万円を引き出している事実、❸Xに会いに行った事実、❹XはYに対して訴訟になるまで100万円の返還を求めていなかった事実などを主張し、これらの事実を裏付ける証拠(❶であれば金銭消費貸借契約書、❷であればYの通帳のコピーなど)を提出するのです。
裁判所も、争いのある法律要件について提出された証拠の位置づけを行って証拠を整理していきます。

⑷ 証拠の種類と証拠整理の関係
証拠の種類と証拠整理の関係についてみると、まず、証拠書類の提出・整理がされ、その整理が終わった後に、証人尋問(当事者や証人による証言)が行われるのが普通です。
なぜかというと、書類の整理→証人尋問の順の方が、証言の正確性がスムーズにできるからです。証言は、人が認識して記憶したものを言葉表現されたものですが、勘違いや記憶違い・言い間違いや嘘が混じるので証言内容が固定されない(証言内容が事実とは限らない)という特徴があるからです。
このように、証言はその内容が事実とは限らないので、まずは客観的な書類(書証)によって認定できるだろう事実(堅い事実)を確認し、この堅い事実と証言の整合性をチェックするというかたちで証言の正確性を検証することが確実だという前提で、民事訴訟制度はできているのです(契約書の内容や防犯カメラの映像と明らかに違う証言と、これらに合致する証言を比べたときに、どちらが信用できるでしょうか?)。

⑸ 証拠と経験則、推認
以上みてきたことからわかるとおり、裁判で重要なのは証拠です。そして、証拠には、契約書といった直接的なものもありますが、そのような証拠がバッチリ存在しているのであれば普通は裁判にまでは発展しません。
裁判にまで発展するケース(つまり交渉では解決できなかったケース)は、上記❶~❹のように、間接的な証拠しかないものが少なくありません。

  実は皆さんも無意識的に行っているのですが、間接的な証拠から法律要件が認められるのかどうかを検証する作業として、「推認」というものがあり、その際に「経験則」というものを使っています。
裁判官も間接的な証拠から、経験則と推認を使って、個々のケースで法律要件を満たす事実があったのかどうかを検討しているのです。

  経験則とは、ある事実があれば通常はこのような事実があるはずであるという常識的な判断であると考えていただければ大丈夫です。また、「推認」とは、間接的な証拠に経験則を用いて、法律要件の存否を検討する作業です。
例えば、上記❹は、「100万円が返還されていないのであれば、こんな大金、約束通り返してもらえなければ、返還するよう催促するのが普通だよなぁ。それを返還するように催促しなかったということは、返して貰っていたと考えるべきだろう。」と考えることです(もちろん、別の可能性として、貸したことをすっかり忘れていたという可能性などもあり得ます。)。

2 尋問
上記のとおり、主張の整理と書証の整理が済むと、人証を整理していきます。
人証を法廷で取り調べる方法が「尋問」になります。

3 裁判官の心証と和解
証拠の整理も進んでいくと、裁判官も、判決を出す場合はどのような結論になりそうか(争いのある法律要件を証拠上認めることができるかどうか)についての見通しがたってきます。この裁判官の見通しのことを、法律用語では「心証」といいます。
裁判官の心証が固まってくると、判決が出る前に、「和解」の提案、すなわち、話し合いで解決をすることができるかどうかの提案があるのが通常です。

4 判決と立証責任
和解での解決が難しいという話になると、当事者間の話し合いでの解決は難しいので、裁判所は、判決という裁判官の一方的な判断によって、紛争の解決を図ります。

  なお、当事者ができる限りの証拠を提出しても、争いのある法律要件について、証拠が不十分であり法律要件を満たすかどうかが分からないとの心証を裁判官が抱いた場合(真偽不明といいます)はどうなるのでしょうか。
この場合は、法律要件が認められることが自己に有利となる側の当事者が「立証責任」があり、真偽不明のときは、その法律要件は存在しないものと扱われます。

  そのため、立証責任を負っている当事者が立証を尽くしても真偽不明の場合は、法律要件が認められず、その法律効果も発動しないということになり、その当事者が敗訴します。

5 上訴
判決に不満があれば、上級裁判所に不服を申し立てることができます(上訴)。
日本の民事裁判は三審制といって、原則として3回、裁判官の判断(判決)を受けることができます。

第3 手続的正義

1 手続法の背景にある固有の価値観として、「手続的正義」というものがあります。
特に、民事訴訟は、裁判官が判決という形で一方的に紛争を解決することを想定していますので、当事者の納得感(特に敗訴した側の納得感)が非常に大切になってきます。そのため、当事者双方の主張と証拠の提出を尽くさせる、あるいは十分な準備期間を与えるという制度設計になっています。
また、対立する当事者からの反論を耐えても証拠があるという主張こそが、しっかりと証明されたんだという理解も背景にあると考えられます。

2 そのため、民事訴訟は、制度・運用として、当事者双方に主張と立証をしてもらい(少なくともその機会を充分に与えるために期間が決まっている場合もあります)、できる限り和解という話合いで解決できないかという途を探りつつ、どうしても和解できないのであれば判決を出し、さらにその判決に不服があれば上訴できるという形になっているのです。

第4 民事訴訟の限界

1 以上みてきたことに照らせば、民事訴訟にも制度としての限界があります。

2 第一に、民事訴訟は時間がかかります。上記のとおり、民事訴訟の第一審平均審理期間は8.8か月です。それは、手続的正義との関係で、当事者間の納得を得るために、時間をかけて主張と立証を尽くしてもらうことに一因があります。紛争解決までに時間がかかりすぎると、逆に使い勝手の悪い制度となってしまうため、国民からの信頼も危ぶまれてしまいます。
このように考えると、手続的正義と紛争の迅速な解決という価値観は、ときに対立するものであって、両者のバランスをどこで採るのかという正解のない難問であるといえるでしょう。

3 第二に、民事訴訟の目的は紛争の解決であって、真実の解明ではありません。
上記のとおり、主張整理と証拠整理の対象は、法律要件に関するものが中心であって、法律要件の有無の判断に無関係な事実は、整理の段階で審理の対象から外されます(特に、上記のとおり、自白された事実は証拠が不要になるので、自白された事実の証拠が数多く取り調べられることはありません)。
また、手続的正義とも若干関係しますが、民事訴訟では当事者から主張と証拠を提出します。裁判所自らが証拠を探すということがないのがほとんどです。
民事裁判は、真実を追求する制度ではないのです。あくまでも、紛争を解決するために必要な限度で、すなわち法律要件の有無を中心に審理が進行します。

第5 まとめ

1 このように、民事訴訟は、「主張の整理(争いのある法律要件のみ証拠による証明が必要となる)」→「証拠の整理(争いのある法律要件について、証拠書類→証言の順で整理され)」→「和解できるのであれば和解の途を探り、和解できなければ判決」という順で進んでいきます。

2 以上が民事訴訟の概要です。民事訴訟は法律家がこれまで蓄積してきた知識と経験が制度化され、それに基づいて運用されています。
もっとも、民事訴訟がその利用者である国民一般から見ても満足いく制度でなければなりません。例えば、裁判日の間隔を1か月程度ではなく、2週間程度に短縮し、審理期間を短縮してほしいというニーズや考え方があってもおかしくないと思います。

3 どのような制度設計かは別にして、多くの人が暮らすこの社会では紛争は不可避であって、民事訴訟は必要不可欠な存在です。
もっとも、不要な紛争には巻き込まれないにこしたことはありません。紛争を予防する法律業務を「予防法務」と言ったりしますが、予防法務はすごく大事なものです。
そして、「予防法務」の典型は、契約書の作成になります。いずれは契約書の意義についても詳細なものを書きたいと思います。
これで民事法編は終わりにして、次回以降は、「刑法」「刑事訴訟法」について投稿する予定です。