【連載】教養としての法律学 〜法律一般(その2)〜

第1 法学部で学生が学ぶこと

  法学一般(その2)では、法学部で学生が学ぶことについて書いていきます。
当然ですが、法学部で学ぶことは「法律学」です。具体的には、法律の「解釈」と「適用」について学びます。

  この投稿を読めば、これから法律を学ぶ人も迷走しないはずですし、既に法律の勉強をしているが苦手意識がある人も苦手意識がなくなるはずです。

第2 法律学とは

1 世の中の全てを権利・義務という言葉で分析する壮大な学問

  世の中には多くの国があり、各国には数多くの人や会社が存在しています。そして毎日のように、物やサービスについて取引をする等、様々な活動をしています。新しい技術や商品・サービスが誕生したりもします。また、結婚や離婚をしたり、人が生まれたり死んだりしています。

  法律学は、このような人と人との関係、会社と会社の関係、人と物との関係、はたまた国と個人の関係といった世の中のあらゆる社会関係を、権利と義務という言葉で説明・分析しようとする壮大な学問です。
世の中は日々絶えずして動いています。人や会社同士の関係が上手くいっているケースもあれば、上手くいかずに紛争になるケースもあります。法律学は、その世の中の動きについて、個々のケース1つ1つについて、このケースは権利義務が発生した(しなかった)、変更した(変更しなかった)、消滅した(消滅しなかった)等と分析していく学問です。

 

2 どのように分析するのか?

  みなさんも自分のモノを泥棒に盗られれば怒ると思います。それは(普段は自覚的ではないかもしれませんが)自分のモノには自分の権利(所有権など)があるからです。

  それでは、私たちは、権利と義務という言葉を使って、どのように世の中を分析していくのでしょうか?あなたが裁判官だとして、私は自動車を盗られたのです!と当事者から言われたら、どのようにその人が所有者なのか(所有権があるのか)を判断しますか?
以下では、法律を使った分析方法(権利と義務という言葉で世の中を説明する方法)をについてご説明します。以下の分析方法は法学部生が学ぶものですが、弁護士や裁判官も同様の頭の使い方をしています。

 

3 法律の仕組み

⑴ 権利義務のカタログ

  当然ですが、私たちは、権利や義務を直接目で見てその存在を確認することができません。そこで、法律には、権利や義務が発生したり、内容が変更したり、消滅したりするための条件((実は、「条件」という法律用語が別に存在するのでミスリーディングな表現なのですが、今回の連載では分かりやすさを重視しているので、細かい正確性を犠牲にしていますのでご容赦ください。))(条件は複数あることが殆どです)が書いてあります。

  そして、条件になっているのは事実関係です。

  なぜなら、権利義務は目で見えませんが、事実の有無は証拠等で確認・検証ができるからです。法律は、事実を使って権利や義務の有無を確認する道具なのです。

  このように、法律には、「○○な事実があれば、権利義務が発生・変更・消滅する」ということが書いてあります。いわば、法律は、条文ごとに、権利と義務の内容とその条件が書かれている商品カタログのようなものなのです。

⑵ 法律要件と法律効果

  法学部生は、個々のケースに○○な事実があるのかどうかを検討し、○○な事実があれば権利義務が発生・変更・消滅したと結論付けているのです(逆に、○○な事実がなければ権利義務が発生・変更・消滅していないと結論付けます。)。

  つまり、法律には『「○○な事実があるときは」→「権利義務が発生したり、変更したり、消滅したりする」』ということが書いてあります。

  この「○○な事実があるときは」の条件部分のことを『法律要件』といい、「権利義務が発生したり、変更したり・消滅したりする」ことが書かれている部分を『法律効果』といいます。

  たとえば、民法555条は売買契約について書いてある条文ですが、「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって(法律要件)、その効力を生ずる(法律効果)」((丸括弧は筆者が付したものです。))とあり、売主が物を売り、買主がその代金を支払うことを約束することで、売主には買主に対して代金の支払いを求める権利が、買主には売主に対して物を渡すように求める権利がそれぞれ発生するという法律効果(「その効力を生ずる」)を定めています。

⑶ 小括

  このように、法律には、条文ごとに、法律要件と法律効果が書かれています。
法律学は、個々の人と人との関係、ケースについて、法律要件を満たすのかどうか、あるいは(どのような)法律効果が発動するかどうかを検討していき、世の中のあらゆる社会関係を権利義務という言葉で説明・分析していく学問です。

第4 法律の「解釈」・「適用」と法的三段論法

1 「解釈」「適用」とは

  上記のとおり、法律には『法律要件』と『法律効果』が書いてあります。

  そして、個々の条文に書いてある言葉の具体的な内容を考えるのが「解釈」であり、また、個々のケースにおいて法律要件を満たすのか・当てはまるのかどうか、そして法律効果が発動するのかどうかを検討する作業が「適用」です。

  大切な部分なので重複を厭わずに繰り返しますが、法律の「解釈」とは、個々のケースにおいて法律要件を満たすのかどうか、あるいは(どのような)法律効果が発動するのかどうかを検討するための前提として、その言葉の具体的な内容を考えることをいいます。

  法律の「適用」とは、個々のケース(今回の検討対象となっているケース)が法律要件を満たすのかどうかを検討する作業です。法律要件を満たせば法律効果が発動しますし、満たさなければ発動しません。

 

2 法的三段論法

  実は、上記の「適用」を考えている際に既に自然と行っている手法なのですが、法的三段論法という手法を使います。法律を学んでいる人は、頭の中でこの法的三段論法を使った分析をしています。

具体的には、

Ⅰ ある条文の「法律要件」を満たせば「法律効果」が発動する。
Ⅱ 今回のケースでは「法律要件」満たす(or満たさない)。
Ⅲ したがって、今回のケースでは「法律効果」が発動する(or発動しない)。

といった分析になります。

  先に述べたとおり、権利や義務は目で見ることができません。そして法律効果は、権利や義務が発生・変動・消滅することですから、法律効果の発動の有無も目で確認することができません。そこで、法律要件という事実の有無の確認を通じて、法律効果が発動するかどうかを検討せざるを得ないのです。

  このように、法的三段論法は、権利や義務の有無を検討するために必須の手法です。別の視点からいうと、法律は、法的三段論法を前提に作られているともいえます。

 

第5 解釈の方法・種類

1 具体例

  解釈の方法・種類は多数あります。法律ではないですが、具体例を用いて考えましょう。

  たとえば、居酒屋に入って「ここで靴を脱いで下駄箱にお入れください」と書いてあった場合を考えてみましょう。

2 説明

  文字通り、「ここで靴を脱ぐ」と考えるのが『文理解釈』です。

  また、土足自体が厳禁なのではなく、靴のことしか書いていないのだから「ここでは靴以外は脱がなくてよい」と考えるのが『反対解釈』です。この場合はサンダルや長靴といった靴以外のものは脱がなくていいという解釈になります。この具体例の場合、反対解釈は単なる屁理屈に見えてしまいます。

  そこで重要になるのが目的論的解釈です。

  目的論的解釈は、立法や制度の目的を考慮して条文に書かれた言葉の具体的な内容を考えることいいます。

  具体例の場合、居酒屋側が靴を脱いでといっている理由は、土足だと店内が汚れてしまうため、衛生面だけでなく、清掃が必要となり店舗の管理にコストがかかる、他の客への迷惑となるといったものであると考えられます。そうであるとすれば、この理由は靴に限らずその他の履物についても当てはまるものなので、居酒屋側としては土足厳禁とする目的で「靴を脱いで」と書いているといえます。そうすると、「靴」とは「すべての履物」を指すという解釈になります。

 

第6 法解釈の実践例(手付解除)

1 設例と条文

〔設例〕
売主Xは、平成29年11月3日、買主Yとの間で、X所有の駅近くの更地を2500万円で売却する内容の売買契約を締結した。具体的には、契約日に手付金250万円、11月末日に残金2250万円を支払えば更地の所有権がXからYに移転するという内容であった。
YはXに対し、契約の際、手付金として250万円を支払った。その後、Yは、銀行から融資の実行を受け2250万円の借り入れをし、更地に立てる建物の設計を建築士に依頼したが、他に安くていい更地(1900万円)を見つけたことから、Xとの上記契約を解除したいと考えた。
Yは、同月18日、Xに対し、手付金250万円を放棄するので、上記契約を解除すると申し出た。Yの解除の主張は認められるか。

〔条文〕
民法557条1項「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して(法律要件)、契約の解除をすることができる(法律効果)。((丸括弧は筆者が付したものです。))」

 

2 検討

⑴ 上記のとおり、民法557条1項も、「法律要件→法律効果」が書かれていますが、上記設例において、法律効果は発動するのでしょうか。

⑵ 民法557条1項の法律要件を分解すると、買主が手付解除するためには、

① 売買契約の締結
② 手付の交付
③ 当事者の一方が履行に着手するまで
④ 手付の放棄

  が必要であることがわかります。

  なお、③の「履行」とは、義務を果たす行為をすることと捉えてもらえれば大丈夫です。
設例では、①、②及び④の事実があることは読んだとおりです。それでは、Yは、銀行から融資の実行を受けていますが、融資の実行はXに支払う売買代金のために借り入れたものですから、③の「当事者の一方が履行に着手するまでに」((今回の投稿では触れませんが「履行に着手」も解釈の余地があり、今回紹介している最高裁判所の判例もこの点について解釈を展開しています。))の要件を満たしているといえるのか?という疑問が生じます。文字どおり読むと、Yも「当事者の一方」だからです。

 

⑶ 結論からいうと、Yは、Xとの更地の売買契約を解除できます。

  なぜなら、民法557条1項が「当事者の一方が履行に着手するまでに」との要件を求めている趣旨は、履行に着手して費用を投じた者がその後に解除されてしまうと予想外の損害を被ってしまうので、その予想外の損害の発生を防止することにあるからです。そう考えると、自分で履行に着手して費用を投じた者がその費用が無駄になっても構わないとして解除をする分には特に問題がないことになります。そこで、「当事者の一方」とは、『契約の相手方』を指すと考えることになります。

  つまり、文字通りの文理解釈では「当事者の一方」では売主も買主もいずれも含まれますが、解釈によって、『相手方(買主からみれば売主、売主からみれば買主)』と限定するのです。

  設例では、Yは行動を起こしていますが、Xは何もしていないので「相手方が履行に着手するまで」の要件を満たします。

  以上より、①〜④の要件を満たすので、YはXとの売買契約を解除できるのです。

 

3 最高裁判所の判決文の引用

  ここで、民法557条1項の解釈が争いになったケースについての最高裁判所の判決文を抜粋します(昭和40年11月24日最高裁判所民事判例集19巻8号2019頁)。

「解約手附の交付があつた場合には、特別の規定がなければ、当事者双方は、履行のあるまでは自由に契約を解除する権利を有しているものと解すべきである。然るに、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるから、若しかような段階において、相手方から契約が解除されたならば、履行に着手した当事者は不測の損害を蒙ることとなる。従つて、かような履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止するため、特に民法五五七条一項の規定が設けられたものと解するのが相当である。
 同条項の立法趣旨を右のように解するときは、同条項は、履行に着手した当事者に対して解除権を行使することを禁止する趣旨と解すべく、従つて、未だ履行に着手していない当事者に対しては、自由に解除権を行使し得るものというべきである。このことは、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても、同様である。すなわち、未だ履行に着手していない当事者は、契約を解除されても、自らは何ら履行に着手していないのであるから、これがため不測の損害を蒙るということはなく、仮に何らかの損害を蒙るとしても、損害賠償の予定を兼ねている解約手附を取得し又はその倍額の償還を受けることにより、その損害は填補されるのであり、解約手附契約に基づく解除権の行使を甘受すべき立場にあるものである。他方、解除権を行使する当事者は、たとえ履行に着手していても、自らその着手に要した出費を犠牲にし、更に手附を放棄し又はその倍額の償還をしても、なおあえて契約を解除したいというのであり、それは元来有している解除権を行使するものにほかならないばかりでなく、これがため相手方には何らの損害を与えないのであるから、右五五七条一項の立法趣旨に徴しても、かような場合に、解除権の行使を禁止すべき理由はなく、また、自ら履行に着手したからといつて、これをもつて、自己の解除権を放棄したものと擬制すべき法的根拠もない。」

 

4 小括

  最高裁も難しい言葉を使っていますが、相手方が履行に着手した後に解除されると不足の損害を被るので解除はダメだが、自分が着手して解除する分には特に損害がないので問題ない、という条文の趣旨に遡った検討をしています。これが目的論的解釈です。

  いかがでしたでしょうか。これはあくまで一例ですが、法学部生は、それぞれ法律の条文について、その解釈と、個々のケースに適用できるかどうかの検討を訓練しているのです。
そして、法律で基本となるのは、民法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法です。これに会社法などの商事系の法律と憲法を加えた法律群のことをいわゆる「六法」と言います。

 

第7 次回予告(民法)

法律のイメージといえば、「違反すると処罰される」となりがちです。刑法は罪と罰のカタログであり、「国家刑罰権が発生する条件(罪となる行為)」と「罰の内容(罰金や懲役など)」が列挙されていますのでこのイメージにはあてはまりますが、上記第6のとおり、法律は「違反すると処罰される」だけではありません。

それ以外にも、人と人、会社と人、会社と会社などのそれぞれの関係性の中で、一方が他方に請求する権利(お金を払え、物をよこせ、ある行為をしろ)もあったりします。これらの関係性をカバーする法律が民法です。

次回は、民法について書いていきます。

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