私は受験生時代に、ある程度完成された答案をパソコンで作るといったことはしていなかったのですが(当然ですが本番と同様の制限時間内に手書きで答案を作成する作業は相当行っていました)、伝聞証拠は司法試験でも頻出分野であったことからパソコンで答案を作成するようにしていました。結局、平成26年度の刑訴で伝聞証拠は出題されず、私が作成した伝聞答案の成果は本番で日の目を見ることはなかったわけですが、せっかくなので、本日からこれをを徐々にアップしようと思います(蛇足ですが、今回はおまけとして出題趣旨を分解したものも付けています。)。
内容的にも誤りがあるかと思いますので、内容の正確性は担保されていません。また、批判的に読んでいただけると嬉しいです。
[設問1]
第1 本件ノートの伝聞性
伝聞法則により原則として証拠能力を欠く「証拠」(320条1項)とは、要証事実との関係で内容の真実性が問題となる原供述を含んだ書面・供述証拠をいうと解する。なぜなら、原供述の知覚・記憶・叙述の各過程に誤りがないか、反対尋問(憲法37条2項)などにより信用性テストをすることができず、誤判のおそれが大きいからである。
本件ノートの立証趣旨は、「①Wが平成20年1月14日に甲方で本件覚せい剤を発見して甲と会話した状況、②本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況、③X組が過去に覚せい剤を密売した際の売却価格」であるところ、検察官は①ないし③を間接事実として立証したうえで、①により本件覚せい剤が甲の所有物であることを、②により甲が本件覚せいの所持をしたことを、③により甲は本件覚せい剤を営利目的で所持していたことを、それぞれ推認させる意図があると考える。
したがって、要証事実は、立証趣旨通り①ないし③となる。本件ノートのうち平成20年1月14日の部分が原供述であるところ、この原供述の内容が真実性でなければ前記各要証事実を証明できないから、要証事実との関係で原供述の内容の真実性が問題となるといえる。
よって、本件ノートは伝聞証拠であり、原則として証拠能力を欠く(320条1項)。
第2 伝聞例外
1 Wの供述過程
本件ノートにつき、弁護人は書証としては不同意としているので、326条1項の伝聞例外が認められる余地はない。
また、323条3号における「特に信用すべき情況」は、文書の性質自体から類型的に前2号に匹敵する信用性が必要であるところ、本件ノートはWという私人の日記にすぎないので、これを認めることはできない。
そこで、321条1項3号の伝聞例外についてみる。
まず、Wは「死亡」しており供述不能である。
また、「犯罪事実の存否の証明に欠くことができない」とは、書面に記載された供述を証拠とするか否かによって事実認定に著しい差異を生じさせる可能性があるもの、をいう。
本件をみるに、本件ノートは、上記要証事実①ないし③に関する唯一の証拠であり、これが証拠とされなければ、甲の所持や営利目的を認定することができず、著しく差異が生じるといえる。故に、この要件もみたす。
次に、「特に信用すべき情況」(絶対的特信情況)とは、原供述当時に反対尋問などの信用性のチェックに匹敵する程度に信用できる情況があったこと、をいう。この特信情況の判断は、321条1項2号とは異なり比較対象がないから、その原供述がされた情況それ自体から決すべきである。また、供述内容を主たる考慮要素とすると、裁判官が本来証拠能力を欠く供述に触れることになり伝聞法則が骨抜きになるので、補助的考慮に限られると考える。
本件をみるに、本件ノートの筆跡Wのものであるから、供述者はWである。本件ノートはWがH17年から週3ないし5日のペースで時系列順に記載されていて空白の行やページがないことから、Wはその都度その日の出来事を記載しているといえ、記憶が鮮明な情況下での供述といえる。また、Wと甲は1年前から交際しており、Wが甲の家に行き家事を手伝うなどしていることから両者には人的な信頼関係があるといえるし、また、本件ノートは鍵により保管されていたからWは誰にも見られないことを前提に日記を書いているといえるから、Wは当時ウソを書く情況になかった。さらに、記載は万年筆やボールペンで空白なくされているところ、後日本件ノートにウソを書き加える情況もない。加えて、本件ノート記載内容の各出来事は裏付け捜査と一致していることからも、Wが当時誤りなく日記を書いている状況にあったと推認できる。
したがって、Wの原供述は反対尋問などの信用性チェックに匹敵する程度に信用性できる情況下でされていたといえ、絶対的特信情況がある。
よって、本件ノートのうちWの原供述については証拠能力が認められる。
2 甲の供述過程
再伝聞も、それぞれ伝聞証拠が重なっているにすぎないから、それぞれ伝聞例外をみたす限り証拠能力が認められると考える。そして、前記の通り、321条1項3号によりWの代用書面が「公判期日における供述」(320条1項)となるから、324条1項を類推して、322条1項の伝聞例外をみたせば、甲の供述部分にも証拠能力が認められると考える。
まず、本件ノートにおける甲の供述は、本件覚せい剤の所持と営利目的という犯罪事実の一部を証明・推認するのに役立つものを認めるものであり、「不利益な事実の承認」にあたる。
また、前記の通り、甲とWは交際しており人的信頼関係があるから、「任意にされたものでない疑」もない。
よって、甲の供述部分も伝聞例外がみとめられ、証拠能力が認められる。
第3 以上より、本件ノートの証拠能力は認められる。
★参考:H20出題趣旨7頁を分解したもの(※表題や下線部、インデントや番号は私が付したものです)
【冒頭(題意)】
本問は,捜査・公判に関する具体的事例を示して,そこに生起する刑事手続上の問題点の解決に必要な法解釈,法適用にとって重要な具体的事実の分析・評価及び具体的帰結に至る過程を論述させることにより,刑事訴訟法等の解釈に関する学識と適用能力及び論理的思考力を試すものである。
【設問1について】
設問1は,覚せい剤の営利目的所持事件を素材として,被告人甲との会話内容等が記載されたW作成のノートにつき,要証事実との関係での証拠能力を問うことにより,刑事訴訟法において最も基本的な法準則の一つである「伝聞法則」の正確な理解と具体的事実への適用能力を試すものである。
[Wの供述過程]
法解釈の部分では,検察官の立証趣旨を踏まえた要証事実の分析を前提にして(立証趣旨から想定される要証事実は,いずれもWが知覚・記憶してノートに記載した事実の真実性を前提とするものであるから,これが「伝聞証拠」 ,すなわち刑事訴訟法第320条第1項の定める「公判期日における供述に代えて書面を証拠と」する場合であることは明瞭である。 ) ,伝聞法則の例外となる規定を的確に選択した上, その規定に係る各要件を検討することが必要である。各要件を指摘,記述するだけでは,本事例への法適用を前提とした法解釈として不十分であることは言うまでもない。
とりわけ,本事例で問題になる「特に信用すべき情況」の意義・解釈等については的確に論じなければならない。例えば,本件ノートを刑事訴訟法第321条第1項第3号に該当する書面であると考えた場合には,証拠能力の要件要素である「特に信用すべき情況」の理論的意味に留意しつつ,その存否につき,供述の内容そのものを直接に判断するのではなく,
⑴供述に付随する外部的な情況を主たる考慮事情として判断しなければならず,
⑵また,他の供述と比較するのではなく,その供述自体にかかわる絶対的な判断が要求されていることなど
を論述することが必要である。
[甲の供述過程]
また,本件ノートに記載された被告人甲の発言内容の真実性を要証事実とする場合には, 「再伝聞」が問題になるので,その構造を正確に分析してその旨を指摘しなければならないことはもとより,それを許容するか否かの結論だけでなく,その文理上の根拠や実質的な考慮等をも的確に論じることが求められている(本事例は,公判期日における供述に代えて用いられる,被告人以外の者Wが作成した「供述書」に,被告人甲の供述を内容とする記述がある場合である。 ) 。
[あてはめ]
事例への法適用の部分では,自らが論じた伝聞法則の例外となる規定や再伝聞の解釈等に従って,事例中に現れた具体的事実を的確に抽出,分析し,個々の事実が持つ法的な意味を的確に示して論じることが求められている。例えば,供述に付随する外部的な情況にかかわる具体的事実を抽出,分析する際には,
①個人の日記と解されるノートに,1週間に3日ないし5日程度の割合で,出来事やその感想等がその経過順に記載されていることや,
空白の行やページが無かったこと
②などという具体的事実を指摘した上で,Wがその日にあった出来事をその都度記載している事情等が認められること
を論じたり,また,
③鍵が掛けられていた机の引き出しの中から本件ノートが発見されたこと
などという具体的事実を指摘した上で,ノートを他人に見ることを予定しておらず,うそを記載する理由がないことなどを論じたりすることが必要である。
つまり,具体的事実を事例中からただ書き写して羅列すれば足りるものではなく,個々の事実が持つ意味を的確に分析して論じなければならない。