1 はじめに
今回は、実況見分調書の現場指示と現場供述について書こうと思います。前回投稿した「伝聞証拠と要証事実」という記事にアクセスが相当数あり、多くの受験生が混乱していると思われる「現場指示と現場供述」についても、簡単にですが、書いてみようと思ったからです。
混乱の理由は、ある1つの原供述が現場指示と現場供述のいずれかに、一義的に性質決定できるというものではなく、現場指示と現場供述は、原供述をどのように事実認定に用いるかという目的による区別なので、ある1つの原供述が、その用いる目的次第で現場指示にも現場供述にもなり得る点にあります。
以下、詳述していきます。まず、各関係概念について説明し(→2)、次に、検証調書・実況見分調書の階層構造について説明します(→3)。そして、現場指示と現場供述の区別について説明を加え(→4)、最後に少しだけ実務的なことも書いてみようと思います(→5)。
なお、以下の概念や区別の方法を、いちいち答案上表現する必要はありません。これはあくまで頭の中の整理の方法の1つであると考えてください。答案上の表現方法については、当ブログの伝聞証拠のサンプル答案 を参考にしていただければ幸いです。
2 各関係概念
今回の記事では、「原供述」「現場指示」「現場供述」を以下の意味合いで用います。
原供述:検証調書または実況見分調書のうち、捜査官である検証または実況見分の捜査主体以外の者の供述部分(※通常の原供述の定義とは異なりますので注意してください。)
現場指示:原供述を、なぜ捜査官がその地点において検証または実況見分を行ったのか、その理由(「動機」や「契機」と表現されることもあります。)を示す目的で用いる場合
現場供述:原供述を、その供述内容である事実を証明する目的で用いる場合(動作としての供述も含みます。)
3 検証調書・実況見分調書の階層構造
検証調書や実況見分調書は、①捜査官がする検証または実況見分についての口頭報告に代わる書面です。②その各調書の上に、原供述が乗っかっています。その意味で、検証調書や実況見分調書は再伝聞証拠「的」な構造を有しています。
答案を書く際は、①について刑訴法321条3項に言及し、②のところで、当該原供述を、現場指示として用いることができるかを論じることになります。
⑴ 捜査官の報告 + 被害者等の現場指示
現場指示と現場供述の区別については後述しますが、②の際、原供述を現場指示として用いることができるのであれば(現場指示・現場供述のどちらにも用いることができる場合を含みます。)、当該原供述は「現場指示として用いる限りで非伝聞証拠」であり、かつ、検証調書や実況見分調書と不可分一体のものとみることができるので、結局、刑訴法321条3項のみで証拠能力を認めることができます。この場合、当該検証調書や実況見分調書は再伝聞ではないことになります。
⑵ 捜査官の報告 + 被害者等の現場供述
これに対して、②の際、原供述を現場指示として用いることができない(あるいは現場指示として用いることもできるが、その原供述を現場供述として用いる)のであれば、当該原供述は検証調書や実況見分証書と不可分一体とみることができません。そのため、別途、当該原供述の伝聞該当性を判断する必要があります(犯行の物理的可能性を検討している場合は非伝聞とみれますが、そのようなケース等を除けば、通常、検証調書や実況見分調書中の現場供述は伝聞証拠です)。そして、伝聞証拠であれば伝聞例外を検討する必要が生じ、また、非伝聞であれば、①で321条3項の要件を満たすことで当該原供述部分を含め、その証拠能力を認めることができます。
4 現場指示・現場供述の区別
上記2のとおり、現場指示と現場供述は、原供述をどのような目的で用いるのかという目的に応じた概念です。したがって、原供述は、それぞれの原供述ごとに、これは現場指示、これは現場供述と一義的に性質決定できるものではありません。ある1つの原供述が、その用いる目的によって、現場指示にも現場供述にもなり得るのです。
もちろん、原供述が現場指示にも現場供述にも用いることができる場合で、伝聞例外の要件を満たさないにもかかわらず、当該原供述を現場供述として利用することは、上記3⑵の階層構造上許されるものではありません。堀江他「リーガルクエスト 刑事訴訟法」(有斐閣)の367頁において、「そのような趣旨のものとして用いるかぎり」とか、「検証の状況ないし結果を証明する目的で用いるかぎり」との記載があるのは、そのような意味合いです。
⑴ 原供述を現場指示として用いることができる場合(→3⑴参照)
例えば、傷害被告事件の実況見分調書において、被害者が「私が犯人から最初に殴られた場所は甲地点です。この時、犯人は乙地点にいました。」という原供述が記載されていたとします。
この原供述を、なぜ捜査官がその地点において実況見分を行ったのかという理由を示す目的で用いる場合は、現場指示にあたります。当たり前ですが、捜査官は、被害者(や目撃者・犯人)の協力なしには、犯行現場とされる場所のどの地点を検証・実況見分すべきなのか、分かりません。捜査官は、被害者等の供述をヒントにして(被害者等の供述を参考にして)検証や実況見分をし、犯人や被害者・目撃者などの登場人物や周囲の状況の位置関係を計測したうえで、その結果を記載した書面を作成するのです。
この場合、現場指示として用いられる原供述は、「非」伝聞証拠です。なぜなら、当該原供述の内容の真偽にかかわらず、捜査官は被害者等の供述をヒントに検証・実況見分をしたのであって、被害者等の供述の内容の真実性は問題とならないからです。
そして、あくまでも、被害者等の供述は実況見分を補助するものであり、この現場指示なしに、実況見分調書を見た裁判官は、なぜ捜査官がこの場所・地点で実況見分を行ったのかを知ることができず、その実況見分調書は証拠としての価値を失ってしまいます。その意味で、現場指示は、捜査官がした実況見分の書面報告と不可分一体であるとみることができるのです。
⑵ 原供述を現場供述としてのみ用いる場合(→3⑵参照)
上記の例の、実況見分調書中「私が犯人から最初に殴られた場所は甲地点です。この時、犯人は乙地点にいました。」という原供述は、現場指示として用いることもできますが、現場指示としてだけでなく、現場供述としても用いることができます。
すなわち、「私が犯人から最初に殴られた場所は甲地点です。この時、犯人は乙地点にいました。」という原供述を、現場指示として用いる目的を超えて、「✳︎犯人は乙地点で、甲地点にいる被害者を殴った」と認定する目的で用いることも、(このケースの要証事実は「✳︎」です。この認定のためには原供述の内容の真実性が問題となります。)実際には可能となるのです。この用い方は、原供述を現場供述として用いる場合にあたります。
しかし、原供述を現場供述として(も)用いる場合は、現場指示としてのみ用いる場合とは異なり、捜査官の実況見分をしたとの報告と不可分一体のものとみることはできません。むしろ、現場供述は、実況見分調書にたまたま記載されている供述を事実認定に供することを意味するので、この場合の実況見分調書は、供述録取書としての性質も有するといえます。そして、現場供述として用いられる原供述どおりに事実認定をするのに当該原供述の内容の真偽が問題となる場合(上記✳︎の例を参照)、当該原供述は伝聞証拠にあたります。通常、実況見分調書には捜査官の署名押印しかなく、被害者等の署名押印はありませんから、当該原供述が伝聞例外の要件を満たすことはありません(刑訴法321条1項柱書参照)。
5 さいごに
以上、現場指示と現場供述ついて、頭の整理をしてきました。みなさんの理解の一助となれば幸いです。
最後に、実務では、証拠に対する意見を述べる必要があります(刑訴法299条1項本文・刑訴規則178条の6、刑訴法316条の16第1項・同316条の19第1項など参照)。そこで、弁護人としては、検証調書や実況見分調書中、現場指示であるからその部分も含め、同意の意見をすることも考えられます。
しかし、上記4のとおり、原供述は現場指示とも現場供述とも用いることができるという性質があります。事実認定者である裁判官が、伝聞例外を満たさないにもかかわらず原供述を現場供述として用いることはないと思われますが、例えば、上記「私が犯人から最初に殴られた場所は甲地点です。この時、犯人は乙地点にいました。」という原供述に、裁判官が無意識的に引っ張られ、現場供述として事実認定をしてしまうリスクも、なきにしもあらずだと思います。
そこで、現場指示として用いることができる場合(→3⑴参照)であっても、(一部)不同意とする意見をすることも考えられるところだと思います。ケースバイケースですが。