伝聞証拠と要証事実

1 はじめに

 今回は、伝聞証拠の答案作成において、多くの受験生が混乱している(と思われる)部分について書きたいと思います。
 混乱の主な原因は、「要証事実」という概念が基本書や演習書において多義的に用いられていることから、受験生がいざ答案を書こうとするときに、自分が「要証事実」という概念を、どのような意味で用いているのかを意識できていない点にあると思われます。
 以下では、まず、要証事実を主要事実と間接事実に分解し(→2)、次に、証拠構造のパターンについて説明します(→3)。また、伝聞証拠の問題で要証事実が何かを考えるにあたっては、①本件において存否が問題となる主要事実は何か(→4)、②立証趣旨は主要事実そのものを指しているか間接事実を指しているか(→5)、を分析する必要がありますので、これらについても説明を加えていきます。
 なお、今回の記事は司法試験の問題を分析するという限度において役立つ視点を提供することを試みるものですので、基本書や演習書における説明とは必ずしも一致しない部分がある点に注意してください。 

2 要証事実の意義
 ⑴ 要証事実の分類 ~問題分析の視点から~
  要証事実とは、「証明すべき事実」をいいます。「証明すべき事実」という文言は、刑事訴訟法296条本文や刑事訴訟規則189条1項などに登場します。要証事実は大きく2つに分類できます。
  ひとつが、「訴訟において証明されるべき究極の事実」です(以下、「主要事実」といいます。)。たとえば、特定の構成要件要素に直接該当する具体的事実(公訴事実記載の事実)、犯人性を直接基礎付ける事実及び違法性・有責性を直接に肯定または否定する事実がこれにあたります。
  もうひとつが、上記「証明すべき事実」のうち、主要事実を除いたものです。具体的には、主要事実の存在を推認させる事実(以下、「間接事実」といいます。)がこれにあたります。
 ⑵ 伝聞証拠の答案を書くにあたっての要証事実
  伝聞証拠の答案においては、「要証事実との関係で内容の真偽が問題となるもの」なる論証がよく見られます。この論証における「要証事実」は、主要事実である場合もありますし、間接事実である場合もあります。これが混乱の原因です。
  もう少し詳しく検討しましょう。以下では、伝聞証拠の問題で検討対象とされている証拠のうちの公判廷外の供述を含む部分を「原供述」と表現します。

3 証拠構造の把握
 主要事実を立証するための証拠構造は大きく2つあります。以下では「立証」「証明」「推認」という言葉を使い分けている点にも注意してください。
 ⑴ 「原供述」―証明→「主要事実」
  ひとつが、証拠により主要事実を直接証明する立証方法です。この場合の当該証拠を直接証拠といいます。原供述によって主要事実そのものを証明できる場合、当該原供述は直接証拠にあたります。
  たとえば、証人Aが「Bは、『Cが人を殺した場面を見た』と言っていた。」と供述した場合の原供述部分(『』の部分が原供述です。)は、Cを被告人とする殺人罪のケースでも、Bを被告人とする名誉毀損罪のケースでも、実行行為や犯人性についての直接証拠にあたります。この場合の要証事実は当該主要事実です。
  ちなみに、Cを被告人とする殺人罪のケースでは、上記原供述は、内容が真実であると認定できて初めて『Cが人を殺した』という事実を認定することができるので、内容の真実性が問題となります。すなわち、上記原供述は伝聞証拠に当たります。
  これに対して、Bを被告人とする名誉毀損罪のケースでは、「Bは、『Cが人を殺した場面を見た』と言っていた。」というBの発言そのものが名誉毀損罪の実行行為です。このケースでは、たとえCが人を殺していなかったとしても、つまり、『Cが人を殺した場面を見た』というBの原供述部分が真実でないとしても、Bの供述自体でCの名誉が毀損されることになり、上記原供述の内容の真実性は問題となりません。上記原供述は非伝聞証拠にあたります。

 ⑵ 「原供述」―証明→「間接事実」―推認→「主要事実」
  もうひとつが、証拠により間接事実を証明し、その間接事実から主要事実の存在を推認させるという立証方法です。この場合の当該証拠を間接証拠といいます。原供述が主要事実そのものを証明するものではなく間接事実を証明するものであり、主要事実の存在を認定するためには当該間接事実からの推認を経る必要がある場合、当該原供述は間接証拠にあたります。たとえば、証人Aが「Bは、『Cが人の死体を埋めている場面を見た』と言っていた。」と供述した場合の現況述部分について、この原供述が被告人をCとする殺人罪のケースにおいては、犯人性という主要事実を直接証明するものではなく、「Cが被害者の死体を埋めたということはCが被害者を殺した行為を隠蔽するためなのではないか、ということはCが殺人罪の犯人なのではないか」という推認を経て殺人罪の犯人性という主要事実を認定する必要があるため、間接証拠にあたります。この場合の要証事実は「間接事実」です。
  そして、証拠構造を把握するためには、まずもって、本件において問題となる主要事実、すなわち、原供述を用いて立証する必要がある主要事実を把握する必要があります。どの主要事実の事実認定に当該原供述を用いるかによって、証拠構造が変わりうるからです。例えば、上記の殺人罪の場合とは異なり、Aが「Bは『Cが人の死体を埋めている場面を見た』と言っていた。」と供述した場合の原供述部分を、被告人をCとする死体遺棄罪の犯人性が問題となるケースにおいて用いる場合(この場合はCの犯人性が主要事実です)、当該原供述は直接証拠にあたります。この点には注意が必要です。

4 要証事実の把握
 主要事実の立証責任は、すべて検察官にあります。司法試験の問題を解くという限りにおいては、本件において問題となる主要事実は、被告人が否認や弁解している主要事実であるとあたりとつけてよいと思います。
 なぜなら、検察官は、被告人が否認ないし弁解している主要事実を重点的に立証する必要があるからです。

5 立証趣旨から証拠構造を把握する
 本件で問題となる主要事実を確認したら、次は検察官の立証趣旨を確認する必要があります。
 ⑴ 立証趣旨=主要事実である場合
  立証趣旨の中身が本件で問題となる主要事実を意味し、原供述から直接に主要事実を証明できるのであれば、要証事実は当該「主要事実」になります。
  この場合は、原供述の中から主要事実に該当する部分を探しましょう。原供述の内容が真実であると確認できなければ当該主要事実を証明できないときは、当該原供述を含む供述証拠は伝聞証拠であることになります。これに対して、原供述の内容の真偽にかかわらず当該主要事実を証明できるときは、当該原供述を含む供述証拠は伝聞証拠にあたりません。
 ⑵ 立証趣旨=間接事実である場合
  立証趣旨の中身が本件で問題となる主要事実ではなく、原供述からある特定の事実(間接事実)を証明したうえで主要事実を推認するものであれば、要証事実は当該「間接事実」になります。
  この場合は、原供述の中から間接事実を探しましょう。原供述の内容が真実であると確認できなければ当該間接事実から当該主要事実を(合理的に)推認できないときは、当該原供述を含む供述証拠は伝聞証拠にあたります。これに対して、原供述の内容の真偽にかかわらず当該主要事実を(合理的に)推認することができるときは、当該原供述を含む供述証拠は伝聞証拠にあたりません。

6 さいごに
 司法試験の伝聞問題では、要証事実=間接事実であるパターン(→5⑵)が多いかと思います。
 なお、このパターンで、立証趣旨から推察される要証事実=間接事実が、主要事実の推認におよそ無意味である場合には、真の要証事実は何かを探求し、当該真の要証事実との関係で伝聞非伝聞の判断をする必要がありますが、この点については最決平成17・9・27刑集59巻7号753頁を参照してください。

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